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広島高等裁判所 昭和37年(ツ)50号 判決 1963年3月27日

上告人 被控訴人・被告 福永尚一

訴訟代理人 辻富太郎

被上告人 控訴人・原告 沖田正治

訴訟代理人 武田弦介

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由は別紙のとおりである。

上告理由第一点について

民事訴訟法第三二六条により私文書の成立の真正を推定するには、文書の作成名義人が署名し、または押印したことにつき争いがないか、あるいはその署名または押印が右作成名義人の意思に基いてなされた真正なものであるという事実が証明されたばあいであることを要するのは所論のとおりであるが、当該文書の印影が作成名義人の印章によつて顕出されたものであるという事実より右押印が真正であるとの推定を許されないのではなく、右推定の結果、前記法条により右文書は作成名義人の押印あるものとしてその成立の真正を推定しうるものというべきである。したがつて、所論の甲第九号証の印影が上告人の印章によるものであることが争いないのであるから、各その反証なきかぎり、右争いなき事実から、右押印の真正である事実の推定と、右推定された事実による文書の成立の真正を推定しうる理である原審の、その印影が上告人の印章による事実からただちに、右文書の成立の真正が推定されるとの判示は説明が十分ではないけれども、原審は、右の印影が上告人の印章による事実から、反証のないことをあげて、右書証の成立を認定したのであるから、右は結果において、前述の押印の真正である事実の推定と、右推定された事実による文書の成立の真正の推定とを、反証なしとして採用したことに帰し、その反証なしとの証拠判断も首肯しえないではないから、いまだ理由不備の違法ありとなしがたい。したがつて、右書証が偽造であるとの論旨も、以上の説明で明らかなように、原審の認定しない事実を前提として原判決を非難するものにすぎないから採用に価しない。

上告理由第二点について。

原審のなした上告人が本件売買当時その一切の財産を負債整理のための処分する意図であつた旨の認定は、原判決挙示の証拠により首肯しえないわけではないし、他人の物の売買契約を認定するには、第三者からの所有権移転が不能のばあいにそなえて、その措置につき予め当事者間に合意がある事実を確定しなければならないものではない。論旨は、原審の裁量に属する証拠の取捨、判断、事実の認定を非難しまたは原審の認定にそわない事実を前提として原判決を非難するに帰しとるをえない。

よつて、本件上告は理由がないから、これを棄却すべく民事訴訟法第四〇一条、第九五条第八九条にしたがい主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本冬樹 裁判官 胡田勲 裁判官 長谷川茂治)

上告理由

一、原判決は事実認定の証拠として甲第九号証を挙げその成立について「押捺している印影が被控訴人の印章によるものであることは被控訴人の認めるところであるから反証のない限り甲第九号証はすべて真正に成立したものと推定すべきである」としている、しかし右推定は条理に反し許さるべきものではない、印影の成立即ちその印影の押捺が争のないときはその印影のある文書の真正を推定すべきものであるが印影の押捺が争はれるときは先づその押捺が如何にしてなされたかを審査探研してその結果得た理由を明示して定めなければならない、殊に右第九号証は本来甲第一号証と一体をなすべきものであるに拘らず右両者の用紙、筆具を異にしている点甲第一号証には特約の記載がありこれよりも重要な他人名義の不動産売買を特約条項にもしなかつた点、二反以上もある本件山林二筆は代金決定の重大な要素をなすものなるに払下の能否未定のまま代金を定めた不合理な点、重要なるべき書証なるに拘らず第二審に於て提出された点等に鑑みるときは甲第九号証は偽造されたものと推定するのが相当である、然るに原判決は漫然甲第九号証はすべて真正に成立したと認められるとなすものでこれを根拠とする原判決の認定は結局理由不備の違法があると云わねばならない。

二、原判決は「被控訴人は農協に対する金二万五千円の負債整理のため所有不動産全部を処分することを決め他人に売買の斡旋を依頼しその斡旋で本件山林を含む一切の財産を負債整理のため処分しようとした手前本件山林が売買目的の一部をなすことは当然のことである」旨認定している。しかし売買当時被控訴人の全負債は全財産を処分しなければ弁済できぬ程の額ではなかつたが父の家に居住する関係上財産管理の困難なため敢えて管理中の財産全部を処分しようと企図したものである。従つて将来は管理能力ができるかも知れないに拘らず将来或は払下になると云ふ本件山林をも売買の目的とする理由はない、況や甲第一号証には「所有のもの全部と」記載しているのであるから右契約当時上告人の所有でなく国の所有であつた本件が目的外であつたことは当然である、若し本件山林が契約目的の一部であつたとすれば他人の物の売買であるから売主の履行不能はあり得ることである、従つてその場合の責任問題について予め契約をなすべきものであるに拘らずこのことがないと云う一事を以てしても原判決の認定が経験則に反する違法のものであること明白である、されば原判決はこの点においても理由不備の違法がある。

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